イスラムからの発想

 その一例は、「ペルシア版おとぎ話のウサギとカメ」を述べるのが分かりやすい。すなわち、古代ギリシア人イソップが作者といわれるが、その確証はともかくとして、自信過剰のウサギがカメと競争して負ける寓話は世界諸国に流布している。しかし、ペルシアのおとぎ話では、ウサギが油断して眠ったからカメに負けたのではない。なんと、カメはウリ二つの兄弟を先にゴールで待たせておいて、ウサギを恐れいらせるのである。

 我々の美意識にとっては、どうしてもカメの「悪知恵」になってしまうが、昔からペルシア(イラン)の子供たちは、これをカメの「知恵」として寝物語に聞かされて育ったのだ。つまり、「策略」も我々のように、どこかで後ろめたさを感じるようなものではない。闘争が常態だった世界と、平和が常態だった世界との精神構造の差であろう。そこをよく認識しないで、日本流の「誠心誠意」を絶対だと思ってはならない。

一時期からイラン出身のMがひどく苦手になってしまったのだけど、ある噂を聞いて以来、たのしく雑談しているときはともかく利害がからむといきなり怖いんだ!とかゆー気持ちがどうしても抜けきれなくなってしまったのだけど、でもそれは彼の背景を理解してなかっただけだったのかもな。とちょっと反省した。てゆーか彼とのそういったトラブル話の数々にしたって他の人から聞いた噂ばかりで、自分は「これあげます」とか「これ貸します」とか「ここはおごります」ばかりで何も困ったことなんてなかったよなぁ。むしろ「わーい、ありがとー」ばかりだったよなぁ。ともあれ今度どこかで会ったら、この「ウサギとカメ」の話は本当なのかどうか(実際にこっちのヴァージョンのほうがずっと流布率が高いものなのかどうか)聞いてみよー。と思う。


イスラムからの発想 (講談社現代新書 629)

イスラムからの発想 (講談社現代新書 629)