オランダ紀行

「―この裏に」
 というのは、ペリカン通りのことである。
ユダヤ人が二万人住んでいるのですが、集中してそれだけの人数が住んでいるのは、ヨーロッパでもアントワープだけです」

<中略>

 ちょうど少年たちの母親年齢の女性が四、五人ならんで横断歩道をわたってきた。
 たれもが、栗色かブロンドのきれいな髪で、ふりかえりたくなるほどの美人ぞろいだった。
「あれは、かつらです」
 青年期からユダヤ文化に浸ってきた後藤氏が、表情を消していった。
「ほんとうですか」
「ええ」
 女性は結婚すると丸坊主になるという。他の男に心を動かしたり、他の男の心を惹きつけたりすることがないようにという古俗らしい。むろん外出のときは、かつらをかぶる。

「他の男の心を惹きつけたりしないよう丸坊主に」というのと「むろん、外出のときはかつらを」というのは相反してはいやしないか? なんてことはともかく、この風習は現代でも続いているのだろうか。というのがちょっと気になる。

街道をゆく〈35〉オランダ紀行 (朝日文芸文庫)

街道をゆく〈35〉オランダ紀行 (朝日文芸文庫)