レーナ

 レーナはポケットの奥にぎゅっと手をつっこんで、わたしを見て、それからまた地面に目を落とした。
「だって、お母さんが出ていくの、見てたんでしょ、それでも意地悪しつづける人なんていないもん」
「母さんが出てったなんて、言ってないわ。あのねえーー」
「でも、そうなんでしょ?」
 レーナはわたしをじっと見て、答えを待っていた。わたしが何も言わないので、レーナはつづけた。
「母さんが死んだとき、あたしはまわりを憎むのをやめたんだ。憎んだってなんにもならないもん」
 レーナは、ポケットから片手を出して自分の髪をすいた。手がハサミみたいに見えた。
「こっちがずっと一生憎んだりうらんだりしてたってさ、それとはおかまいなくみんな死んだり、殺し合ったり、教会を建てたり、お祈りしたり、娘を傷つけたりしつづけるんだしーー」
「だからなんなのよ、レーナ?」
 わたしは、レーナが正しいことを認めたくなかった。見かけは違っても、レーナとわたしはよく似ていた。

 

悲しいことの多い現実に対峙し続けざるを得ないからこそのレーナの、あきらめと同時にあるようなこの正しさが眩しすぎて、寂しすぎて、愛おしすぎて、つらい。レーナは確かに物語のなかの登場人物で非実在なのだけど、それでも彼女(と妹)が今ごろ幸せに暮らしてくれていればよいなと思う。