レーナ
レーナはポケットの奥にぎゅっと手をつっこんで、わたしを見て、それからまた地面に目を落とした。
「だって、お母さんが出ていくの、見てたんでしょ、それでも意地悪しつづける人なんていないもん」
「母さんが出てったなんて、言ってないわ。あのねえーー」
「でも、そうなんでしょ?」
レーナはわたしをじっと見て、答えを待っていた。わたしが何も言わないので、レーナはつづけた。
「母さんが死んだとき、あたしはまわりを憎むのをやめたんだ。憎んだってなんにもならないもん」
レーナは、ポケットから片手を出して自分の髪をすいた。手がハサミみたいに見えた。
「こっちがずっと一生憎んだりうらんだりしてたってさ、それとはおかまいなくみんな死んだり、殺し合ったり、教会を建てたり、お祈りしたり、娘を傷つけたりしつづけるんだしーー」
「だからなんなのよ、レーナ?」
わたしは、レーナが正しいことを認めたくなかった。見かけは違っても、レーナとわたしはよく似ていた。
悲しいことの多い現実に対峙し続けざるを得ないからこそのレーナの、あきらめと同時にあるようなこの正しさが眩しすぎて、寂しすぎて、愛おしすぎて、つらい。レーナは確かに物語のなかの登場人物で非実在なのだけど、それでも彼女(と妹)が今ごろ幸せに暮らしてくれていればよいなと思う。
レーナ― "I Hadn't Meant to Tell You This" YA文学館・翻訳シリーズ 2
- 作者:ジャクリーン・ウッドソン
- 出版社/メーカー: 理論社
- 発売日: 1998/10
- メディア: 単行本