新生児

 そして最後の腹圧(りきみ)で、しぼり出されるように、全身が出てくる。
 一瞬、虚空をつかむ。腕をいっぱいに拡げてもがく。顔をしかめて、しゃくり上げながら、息を大きく吸い込む。……始めて(ママ)の息だ。
 次の瞬間、それを吐き出す。そのとき強い産声があがる。
 生れたのだ。さあ呼吸するのだ。生きるのだ!
 だれの目にも安堵と満足。
 抱き上げられ、始めて(ママ)の母子の出会い。
 こうして、ひとつの人生がはじまる。
 だれもが願う、この子の幸せ。だれもが望む、豊かな未来。

 臍の緒が切られ、いよいよひとり立ちだ。力強い泣き声の繰返しがいつしか止み、皮膚に血の気が出てくる。顔色がよくなりはじめる。産まれでる苦しみで、真青だったのが、ようやく赤くなる。文字通り赤ん坊になってくる。
 でも、その子にとってみれば、これまでいた子宮の中とは、あまりにも違う外界だ。とまどうばかりのこの相違に、赤ん坊は落ちついていられない。こうして赤ん坊の不安な興奮がつづく…。 

ああ、そうか。彼/彼女も苦しいのか、苦しむのか。と、あらためて思う。このことを決して忘れないで挑もう、挑まねば。と、思う。
新生児 (岩波新書 黄版 339)

新生児 (岩波新書 黄版 339)