世界一強い女。

「まず正拳中段突きですね。これはお腹のみぞおちの部分、ここをスイゲツ(あとで『水月』と書くと知った)といいますが、ここは人間の急所です。ここを拳の、この部分でまっすぐに、突き通すように、全身の力を使って打ちます」

「狙う部分が上になったのが正拳上段突きです。これは鼻と口の間、ここジンチュウですね(『人中』だそうだ)。ここも急所です。ここを同じようにまっすぐに打ち抜きます」

 おかしな話だが、私はその説明を聞いて軽いショックを受けてしまった。

 おお、そうか。これは、人を倒すための動きなんだ。私はそれを学んでいるんだ。人間の身体でどこが弱いのかを知り、その箇所を、自分の身体を使ってどのように攻撃するかを教えてくれているのだ。

 衝撃だった。誰もそんなことは教えてくれなかった。今までいた環境では、暴力はすべてタブーだったのだ。暴力をふるうことはもちろん、それに対して身を守ることも。いい意味の力も悪い力も。

 その部分は、私にとってブラックボックスだった。世の中に理不尽な破壊行動があることは知識としては知っていた。映画や本の中ではいっぱい見た。しかし、もしそれが自分自身に降りかかってきた時、暴力を行使する人間にどう対処したらよいのかということは、まったくの未解決で私の中にその答えは皆無だった。あるのはただ、漠然とした恐怖だけ。

 驚きだ。びっくりだ。まったく知らなかった世界だ。

 これには何か、心を熱くするものがある。

そうなのそうなの、と思った。決して助けてくれようとはしないギャラリーに囲まれて酔っぱらいに襟首を掴まれたり小突き回されたりし続けた日の恐怖とか口惜しさとか、初めて護身術講座に行ってみておそるおそる打ったり蹴ったりする練習をした日の驚愕とか興奮とか、想像以上にはまってそのまま道場に入門してしまい鏡の前であらためて「ここがジンチュウ」とか「ここで蹴るからソクトウ蹴りなのよ」とか先輩に教わった日のこととか、いろいろ思い出した。そして、いっぺんでこの作者のことを大好きになった。


世界一強い女。

世界一強い女。