波うつ土地

 男が喋らないのは、無口とかハニカミが強いとか口下手とかではなく、喋ることがないのだとわたしは意地悪く考えた。けれども、「コブシとはですねえ」などと、たいていの人が知っている程度の話をいかにもおもしろおかしいという風に喋ってくれるのに相槌を打つ退屈に比べればましかもしれないと、思ってもみた。

 知らない他人同士が、親しくなりたいという気持をもっている時、普通は喋ることでしかはかどっていかない。あたりさわりのない話にも限度があるので、「私的」なところを問うまいとしても、それなしに相手を知る方法はないのである。冗談ばかりいいあって知る方法もあるが、この方法は相手をえらぶ。だからたいていはさりげなく自分の趣味や仕事や家族の様子を少しは喋り、相手のそれらも聞こうとするのである。つまり、或る程度相手に自分に関するインフォーメイションを与え、相手からもそれを受けとろうとする。それを会話の楽しさに替えていく礼儀と知恵が、たいていの人間にはあるとわたしは思っていた。

私も思ってたー。のだけどなぁ。てゆーか富岡多恵子は本当に意地が悪い。

 

波うつ土地・芻狗 (講談社文芸文庫)

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