波山芸術の〈原型〉誕生期 - 生命主義の時代

…前略…

 波山が自身を代表する技法「葆光彩」によって、光をあらわす陶芸を試み始めた頃、五歳年上で同世代の作家・夏目漱石は『それから』(明治四十三年/1910)を発表、社会通念よりも人間の自然な感情と整理を肯定して、賛否両論を巻き起こした。いわゆる大正生命主義のさきがきといわれる由縁である。封建制の遺風が残る明治が終わりゆき、日本の芸術文化には、生命礼賛の思潮が一気に花開いてゆく。

 『それから』において生命礼賛を強烈に印象づけるのが、近代における濃密なフローラル・イメージの嚆矢とも言われる、白百合の花であった。主人公は白百合の香りに包まれ、啓示ともいえる「幸〈ブリス〉」(Blis=至福)へとみちびかれる。波山の花の意匠もまた、和歌に基づく古典的な花と決別し、博物学的な関心とも水脈を異にする、生命の輝きと色彩、香り、蕾たちなど、あふれだす生命主義の時代と呼び交わす、生命への意匠といえるのではないだろうか。

…後略…

文学的象徴としての花や博物学的対象としての花もよいけど、確かに生命を賛美するモチーフとしての花は素敵このうえないと思った。また個人的には、ファッションアイコンとしての花や、食材や香料、染料の源としての花も気になる。


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