大山倍達、世界制覇の道

 孤独地獄の末期的症状であろうか、妖しい妄想が日夜責めさいなんだ。遂に私は思い切った荒療法を自分に与えた。

 片方の眉を剃り落とすという方法である。人間の顔は妙なもので、両方の眉を一度に剃り落としてしまえば、とくにおかしくもないのだが、片一方だけとなると左右の均衡が崩れるせいか途端に様子が一変して見られたものではない。

 剃り落としたほうの眉がまた生えてくると、今度は反対の眉を剃る。そんなことを三ヶ月も続けていると、不思議に里心も失せて気持が坐ってきた。孤独への慣れでもあろうか。

 私が心ゆくまで稽古に専念できるようになったのは、それからである。一年半後、下山した私がまず最初にやったことといえば、道端の電柱を力まかせにたたいてみることだった。その当時は今みたいにコンクリートの電柱ではなく、木製のものばかりである。もちろん倒れこそしなかったものの、私の正拳は文字通り電柱にめりこみ、まるで地震のように電線がブルブル震えた。

 次いで私は館山の屠場へ足を向けると、山中での特訓の成果を試すべく、牛と立ち合った。正拳一発で牛を即死させたときには自分でやったことが、自分自身ですぐには信じられぬ思いであった―。

噂には聞いていたが、であるところの話をあらためて活字で追ったり実体験したりすると何故こうも興奮するのか。いずれにせよ、すっかり大山先生を好きになった。なんかもういろんな意味で、器が違う、という言葉の重みをひしひしと感じる。


大山倍達、世界制覇の道 (角川文庫)

大山倍達、世界制覇の道 (角川文庫)