箱根山

「あたし? そうね、この間、映画女優の話があったんだけど…」
 彼女はO撮影所のK監督が、滞在中に、父親に洩らした言葉を、やや得意になって、乙夫に語った。
 すると、彼は、ひどく厳粛な顔つきになって、
「いけませんよ、お嬢さん。映画女優なんて……」
「あら、どうして?」
「不堅実です。そして営業時間も、足刈の旅館のように、短いんです」
「だって、飯田蝶子のように、お婆さんになっても、やってるじゃないの」
「唯一の例外です。それは、彼女が、美人でなかったためです。しかし、お嬢さんは……」

これがO撮影所のK監督ではなくK撮影所のK監督で、飯田蝶子じゃなくて東山千栄子だったらなぁ。と思ったひとは他にもたくさんいることだろう。それにしても驚愕。ここまで完璧な「小説の映画化」というのも珍しいのではないだろうか。キャスティング等はもとより、映画中で「お?」と思った細かい台詞まで丹念に拾われている(実は拾われたものだったのだ!ということに今更のように気が付いた)。ああ、文六×川島の作品をもっともっと見たい、見たかった。てゆーか獅子文六の作品はどれもこれもおもしろいので、全て映画化しちゃえばいいのに!と思う。
箱根山 (大衆文学館)

箱根山 (大衆文学館)