パンの百科

 東欧では婚礼に10センチほどのパンに塩をそえて贈るならわしがある。放牧の牛を集めるには一定の場所に塩をおくことも伝統的である。犬の飼育にうちこんでいる人は、つがう気のない犬に塩気の多いたべものをやって精子に勢いをつける。塩を運ぶ船にはねずみがふえる。塩気がメスの局部をムズムズさせて交合にかりたてるからだという。あいそがよくて、うちとけていて、艶があって、心を動かす女の美しさを、「塩がきいてピリッとする」という。

 果物は"腐"(く)だものである。成熟したものはそのままではながく保存できない。気候のいい土地では四季さまざまの果物がみのった。これらのたべ残しを壺の中に入れておくと自然に腐(く)だものとなって、果肉はとけていった。やがて中深い壺の中で果肉の持っている糖分は、果皮にくっついている酵母菌のために分解されて泡立ちを起す。(葡萄の果皮がほの白くなっているのも、乾し柿が完熟するにしたがって白い粉をつけてくるのもみんな、野生酵母の働きである)泡立ちのあとには快美な香りが流れひろがる─。それは遠くからでもわかるほど、人々の嗜好をそそるものであった。これを飲んでみると甘美この上もなく、人々はかつて味わったことのない快感に浸ることができた。陶然として仙境に遊ぶことのできるこの飲物を人々は点の与えた甘露だとした。そして葡萄からは葡萄酒を林檎からは林檎酒をつくった。

 日本でも古代の酒は濁酒であったから"食物"だった。サケのケは食(ケ)であり、サケ?スケ?汁食となる。酒をかもす"醸(モロ)み"はカビタチ?黴立ちでもある。"嚼み"は飯を噛んで糖化する無麹醸法で、台湾、沖縄では祭礼のとき、乙女たちが嚼飯醸酒(シャクハンジョウシュ)した。これは口の中の酵母菌を利用したものである。日本では奈良朝まで、こうした"噛む"醸造法が残っていた。

単なるトンデモなのか真面目な学術書なのか。 なるほどツィゴィネルワイゼンとゆーか清志郎のアイデアというか。



パンの百科 (1980年) (中公文庫)

パンの百科 (1980年) (中公文庫)