芝生の復讐

スカルラッティが仇となり』

 「サンノゼの一間きりのアパートでヴァイオリンの稽古をする男と住むのは、ひどい難儀なのよ」空っぽの拳銃を手渡して、彼女は警察にそういった。

 

リチャード ブローディガンの短編集に載っていたもの。これで全て。星新一ショートショートより短いと思う。そして、うっとりするほど完璧だと思う。

 

 

おれは女の子だ

 おれはだれの絵をかこうかと思って、まわりをキョロキョロしていた。そしたら、川崎が、

「すばるくんの絵をかいていい?」

とおれに聞いてきた。

 おれは「うーん」と、こまってしまった。川崎がおれの友だちなのは、そうなのかもしれない。けど、川崎がおれの絵をかいてくれるんだったら、おれも川崎の絵をかかないといけない。

 でも、おれは絵をかくのが好きで、おれが絵が好きなのは、きれいなものが好きだからだ。だから、おれは、

「ダメだよ」

と言った。川崎がびっくりしたような顔で、

「なんで?」

と、おれに聞いた。

「川崎はきれいじゃないから」

と、おれが言ったら、いきなり川崎の顔がクシャクシャになった。

 目がギューッとまがって、口がムーッというかたちになって、ほっぺたがピクピクうごきだした。「え?」とおれが思ってると、川崎は、

「うぇあぃああああぃええ」

と呪文みたいなヘンな言葉をとなえながら、目からポロポロと涙をあふれさせた。そして最後に、

「わーん、わーん、わーん」

と言って泣きだした。

 おれはびっくりした。

 おれは、なにもわるいことなんて言ってない。

 おれは川崎のことを友だちだと思ってるし、川崎のことが好きだ。川崎の絵をかくのは友情かもしれない。 

 でも、友情はだいじだけど、絵もだいじだ。おれは友だちの川崎にウソはつきたくなかった。だから、川崎の絵をかけないわけをきちんと話した。

 

好きなひとに「きれいじゃない」と言われたら、そりゃー泣くよ。でも、すばるくんのことだから、そのうち川崎(ヒミコちゃん)の美しさにも気づくから大丈夫!だって川崎さんめっちゃかわいいし!と思った。また、ストレートに口にしてしまうのはなんだけど、すばるくんの「美しいものだけをかきたい!」という考え方そのものは理解できると思った。美術系の進路へ進む子にはよくいるタイプだ。

 

 

 

 

おれは女の子だ

 そのとき、おれは気がついた。

 女の子があんまりケンカをしないのは、服がよごれるのがイヤだからだ。せっかくかわいくてきれいな服を着てても、ケンカをしたら服がめちゃくちゃになってしまうからだ。

 だから、女の子はケンカしないんだ。

 女の子は、ケンカよりかわいいことのほうが、だいじなんだ。

 でも、そんなのはあたりまえだ。おれはおれがかわいくなくてもいいけど、ケンカとかわいいのだったら、かわいいのほうがいい。

 だけど、男の子はそのことを知らないんだ。知っているのは女の子だけだ。あと、おれだけだ。

 

ケンカをする女の子だっているし、ケンカをしないとしてもその理由が「服をよごさないため」のみではないだろう。ケンカよりもかわいいのほうがよいと思うのに男女の違いは関係ない。とはいえ、これは3年生男子が実体験をもとに考えたこととなってるのだよなあ。その設定がうまいよなあ。なんたって、主人公のすばるくんが素敵過ぎてずるい(彼は将来きっと素敵きわまりない青年になるだろう)

 

 

水の妖精 睡蓮と蓮の世界

2000年の時を経て蘇った大賀ハス

 「大賀ハス」この名前は、ハスに特別な興味がなくとも、名前だけは聞いたことがある、という人が多いのではないだろうか。なにしろ、「2千年の時を経て蘇った古代のハス」である。古代のロマンは人々の心をかきたて、国内のみならず海外にまで報じられて大きな話題となった。

 このハスは千葉県検見川東京大学グランド(現在の東京大学検見川総合運動場)の地下より発見されたものだが、この場所はもともと草炭の採掘場で、ことの発端はここから古代の丸木舟が発見されたことによる(1947年(昭和22年)。

 この発見から本格的な発掘調査がはじまり、1948年から1949年にかけての調査で、この場所は古代の船溜まり跡であると推測された。

 それから2年後の1951年(昭和26年)3月30日、植物学者の大賀一郎博士(1883-1965)は、この遺跡を地元中学校の生徒とともに訪れ、発掘調査を行った。そのときに草炭層の下にある青色粘土層から発見されたのが、3粒のハスの種である。

 発見された時期は戦後の混乱期、そして発見された場所もかなりの深さであり、この発掘作業には相当な苦労があったようだ。発見されたタネは大賀博士によって発芽を試みられたが、そのうちの一粒が見事に発芽した。ハスの種子は非常に頑丈で、通常数十年しか持たないと言われる一般的な水草埋蔵種子より長期間持つのは確かだが、古代遺跡から発見された種子が発芽するというのは文字通り奇跡のような出来ごとである。これほど長期にわたって発芽能力を失わなかったのは、まさに植物の神秘と言うほかあるまい。ちなみに、発芽したタネは発掘作業を行った中学校の女生徒が発見したものと言われている。

 発芽したタネは順調に生長し、やがて分根されて数カ所に分けられたが、そのうちひとつがピンク色の優美な花を咲かせた。花は一重の大輪で、花弁は舟形、花弁の節があまり目立たないのが特徴である。この美しいハスは、大賀博士の名前から「大賀ハス」と命名されることになった。

 ところで、大賀ハスは2千年前のハスと言われ、別名2千年蓮とも呼ばれているが、この2千年というのは正確な年代ではなく、あくまで推測でしかない。というのも、大賀ハスの種子自体は発芽に使ってしまったため、年代測定が行われていないからである。

 2千年という数字は発掘現場の丸木船の年代測定から推測したもので、正確な年代は残念ながら判っていない。

 正しい年代はともかくとして、やがて大賀ハスは、分根先のひとつである地元千葉市の弁天池から日本各地に分根され、いまでは公園や植物園で夏の風物詩として人の目を楽しませている。古代のロマンをかき立てる大賀ハスが、多くの人々に親しまれていることは事実であり、あまり細かいことを気にする必要はないだろう。

 

え? 何頁か前に「後の鑑定により、約2000年前の種であることが確認された」とあったよね? でもこちらのより詳細な見開き記事には「大賀ハスの種子自体は発芽に使ってしまったため、年代測定が行われていない」とあるから混乱。そもそも、なぜ船溜まり跡、丸木舟の発掘に植物学者が立ち会ったのだろう?ということからして、自分のなかに不信感が生じてしまう。戦後の混乱期の話であることや、複雑な発見場所であるにもかかわらず発見者は中学生であることなど、いろいろと邪推したくなる要素が次々と…。でも、この作者も「古代のロマンをかき立てる大賀ハスが、多くの人々に親しまれていることは事実であり、あまり細かいことを気にする必要はないだろう」とまとめてるしね!うん、そうだよね!

 

 

 

水の妖精 睡蓮と蓮の世界

ハスの育成・交配の歴史

 ハスの栽培は日本でも中国でも、かなり古くから行われてきた経緯もあり、また簡単に自然交雑してしまうため、厳密には品種数も多くなっている(江戸時代にすでに100種近くが確認されている)。そのため、ハスの原種がどれなのか、またそれが現存しているのかも不明である。日本でも非常に古い時期のハスの化石が発見されていることから、かなり昔から存在していたことは間違いないようだ。

 近年、ハスを有名にしたのはやはり大賀一郎博士(1883-1965)による大賀蓮(別名:2千年蓮)の発見だろう。1951年(昭和26年)に千葉県検見川東京大学グランド(現在の東京大学検見川総合運動場)地下より3粒の種を発掘し、発芽、育成に成功したもので、後の鑑定により、約2000年前の種であることが確認された。このハスは翌年見事開花し、「大賀蓮」と命名された。大賀蓮は現在でも各地で栽培され、その優雅な花姿は夏の風物詩として多くの人の目を楽しませている。

 

大賀ハスのことをもっと知りたくて借りた本なのだけど、何度聞いても何度読んでもうっとりするエピソードだなあ。映画ジュラシックパークの元ネタはこれなのでは?と断言したくさえなる。

 

 

 

水の妖精 睡蓮と蓮の世界

温帯スイレンの交配の歴史

………スイレンに東洋的なイメージを重ねる方も少なくないが、赤やピンク、そして黄色のスイレンは園芸種であり、そのほとんどが海外から入ってきたものである。しかも明治の終わり頃から入ってきたもので、意外に歴史は浅いと言える。世界的に見ても温帯スイレンを園芸植物として扱うようになったのは、19世紀の終わり頃にフランス人の園芸家、マルリアク(Joseph Bory Latour-Marliac 1830-1911)が原種をもとに交配を行い、様々な花色や花型を持つ優れた品種を作り出してからである。マルリアクは100を超える品種を作出し、自身の経営するマルリアク・ナーセリーを通じて世界へ供給した。そして現在でもその多くの品種が世界中で受け継がれている。マルリアクのスイレンは当時非常に驚きを持って迎えられ、カラフルなスイレンを見慣れていなかった人々は、彼を「魔法使い」とさえ称した。

 

明治の終わりだなんて、なるほど日本におけるカラフルな睡蓮はチューリップよりも新参者ということになる。ところで睡蓮でフランスと言えばモネだけど、調べてみたらモネは1840年生まれだった。マルリアクさんとは10才しか離れていない。さらに言えば、モネが自宅に睡蓮の池をつくったのは1893年とのこと。もう53才!それまでのあいだ、この二人になんらかの接点や交流はあったのだろうかと考えるとワクワクしてくる。庭造りのアドバイスをもらっていた、なんてことはないのだろうか。

 

水の妖精 睡蓮と蓮の世界

スイレンとハスの違い

………学術的に言えば、スイレンスイレンスイレン属に含まれる浮葉性植物で、ハスはハス科ハス属に含まれる挺水植物である。平たく言うと、スイレンは浮き葉、つまり水面に葉を浮かべる植物で、ハスは挺水、水面から葉を立ち上がらせる植物ということである。スイレンも密生しすぎると葉を出すし、ハスも生育初期は浮き葉を出すので、これも絶対の見分けとは言い難いかもしれない。

 細かい違いをあげれば、スイレンの葉には撥水性がなく、ハスの葉には強い撥水性があることや、地下茎スイレンの場合は中身が詰まっているのに対して、ハスは穴の空いたいわゆる蓮根であることなど、さまざまな違いがある。

 

スイレンの絵で葉っぱに水玉がころころ転がっているものをたまに見かけるけど、あれはハスと混同しているということなのだな、ということがよくわかった。